経済小説:橋の下からこんにちわ 【第三章 男の甲斐性】

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2024年。優秀な人材の流出に業を煮やした日系大企業は、ついに大々的な人事改革に乗り出した。
これまでも優秀な新入社員に年収1,000万円を与えたり、一般職でも優れた専門性を持った人材に年収1,000万円や2,000万円を与える制度はあったが、それらに該当する社員は企業の中で1%にも満たず、実質機能していないに等しかった。

しかし現在、日系大企業はベンチャー企業や外資系企業の研修所となっている。日系大企業で2年程度働き、基本的なビジネススキルを習得したところでベンチャー企業や給料の高い外資系に行くというのが、ある程度意識の高い学生の中での、スタンダードコースとなっているのだ。中には、2年後の採用を確約した上であえて日経大企業に就職させる外資系まであるという。日経大企業にとってはせっかくコストをかけて育成した社員がその分を稼ぎ出す前に出ていくので、大損失である。

そこで日系大企業は今まで機能していなかった高スキル者へ高給を支払う制度をフル活用し、成果を出している人材の流出を止めることにした。現在では25%程度の社員が上記制度に該当している。
その割合は田中が務めているIT系企業が顕著に高く、田中の会社は40%の社員が高スキル者認定で1,000万円〜2,000万円の給料をもらっている。

そのしわ寄せは当然、田中のような社員に集まるのだった…
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「くそっ! 何で中国人のシュウが俺の3倍の給料をもらっているんだ!?」

私は何時もになく気が立っていた。当然である。以前「パソコンを替えてくれ」と生意気なことを言ってきた中国人のシュウが私の3倍の給料をもらっていると言うのだ。シュウはまだ3年目のくせに、社内で「何とかプラットフォーム」の第一人者としてモテやはされている。

何とかプラットフォームというのはスマートフォンやパソコンなどの動かす機器に関係なく一種類のプログラムで実装できる仕組みだそうだが、それがそんなに偉いのか?

私が入社した頃は同期のITオタク達がSpringだのajaxだのと騒いでいたが、あれもよく分からなかったなぁ。そういえばあの頃「俺もプログラムを勉強しなきゃ」と思った時期があったが、上司からは「お前はプログラムを書く立場じゃない。技術は必要な時に買え(人を雇え)ば良いんだから、顧客の業務を覚えることに集中しろ」と言われて、結局機会を逃したな…。あの時の上司はちょっと前に定年退職したっけ…

私の3倍の給料をもらっている若手社員はシュウだけでは無い。それに若手だけではなく、同期にもいる。同期の鈴木は入社してからずっとテストの研究開発ばかりしているが、テストの分野では海外でも名の知れた人間となっているそうだ。本を何冊か書いていて、海外のカンファレンスでも発表をしている。最近では大学教授のポジションに声がかかっているそうだ。

鈴木は新入社員の頃から週末にプログラミングをしている地味なオタクで、正直私はそういう奴は苦手だ。結婚をして子供もいるそうだが、今だに都内の賃貸マンションに住んでいて、車は持っていないそうだ。例え技術が優れていたとしても、男としては甲斐性無し… 私はそう思ってしまう。

彼らの給料が高い分、私の給料は悲惨だ、1年前に会社の給料体系が変わり、社内の給料格差が広がった。私のような企画部所属の社員は軒並み給料が下がる給料体系だ。これで私のボーナスは以前の半分以下となり、年次毎の昇給は一切なくなった。さらに企画部は残業が強く禁止され、今の私の残業時間はゼロである。例え残業が必要になっても、その分を他の日の遅出などで調整することとなっている。

この制度は非常に不本意である。私が若手社員の頃は、遅れて出社したくせに出社して早々タバコとトイレに時間をかける先輩や、一日じゅう下請会社のプログラマとくだらない話をしているような先輩でも私より高い給料をもらっていた。みんな給料体系が変わる前に定年退職して、退職金と年金で暮らしているらしい…

一方の私は何でこんな思いをさせられなければならないんだ!?
妻にはゴルフに加え、飲み会も極力控えるようにお願いをされている。自家用車も新車で購入したミニバンの車検が切れるタイミングで中古のコンパクトカーに乗り換えた。妻の作る料理も心なしか貧しくなっている気がする。給料日は決まってステーキやすき焼きだったが、最近は給料日でも野菜炒めである。しかも肉が少なくてモヤシが多い。

はぁ、ため息が出るな。
もう12月か、、寒くなって来たな。そろそろ定時だし、今日はもう帰ろう。

私はオフィスを後にして満員の通勤電車に乗った。気のせいか自分と同じ世代の人間の割合が多い気がする。まさかみんな定時で返されているのか!? まさかな…
くだらないことは考えず、、とにかく家に帰ろう。今日は寒いから妻に熱燗でも作ってもらおう。

熱燗に思いを馳せながら家に帰宅した私を、神妙な顔つきの妻が迎えた。

「あなた、実は、、相談があるの…」

第四章 昭和夫婦

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