経済小説:橋の下からこんにちわ 【第八章 人の温もり】

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2027年、東京で最も長い列ができるのはタピオカでもパンケーキでも武蔵小杉のホームでもなく、ハローワークだった。

AIロボットによる業務支援や自動運転によって仕事が減るなか、移民政策によって海外の若い労働力が日本に流れる。結果的に労働力の過多が起き空前の買い手市場となっていた。

能力のあるもの、キャリアを持つもの、自分でビジネスを起こせるものは豊かになり、能力のない者、指示待ちの者はどんどん貧しくなる。それが 2027年の日本である。
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「田中さん、もう少し条件を下げてみましょうよ」

「いや、これが妥協点だよ。50歳とはいえ27年間も東証一部上場の大企業で働いてきたんだ。価値が分かる会社がきっとあるはずだ」
 

退職から3ヶ月、私は転職エージェントと打ち合わせをしていた。
この3ヶ月間、採用はおろか面接までも進めていない。全て書類選考で落ちている。しかし私には自信があった。50歳とはいえ、有名大学を卒業して日本の大企業で働いていた人間を、大企業とは言わないが中小企業なら採用したいと思うだろう。
 

「田中さん、今はどの企業で働いていたとかは関係ない時代なんです。それよりも個人の能力と積極性が重視されます。田中さんの場合、ITの資格はお持ちですが25年前の技術のものなので今は価値がありません。IT企業で働くとしたらそれよりも、quitHubで自分の書いたコードを公開しているとか、Kaiitaに技術関係の記事を投稿しているとか、技術コミュニティを主催しているとか、そういうのが重要なんです。」
 

「quitHubって何です?」
 

「ああ、田中さんは Git の世代ですか」
 

「Git!? 聞いた事はあるけど私はSVN派だぞ」
 

「え、SVNって、あのSVNですか!? 田中さんって、もしかしてSVNを触れますか!? 実は知り合いのエンジニアの会社がシステム更改を受注したんですが、既存コードがSVNで管理されていて、誰も怖くて触れないんです…」
 

そんな感じで、IT企業への私の再就職は困難を極めた。
 

退職から9ヶ月後、私はまだ無職だった。
 

IT企業に絞らず別の業界の企業も探すべきというエージェントのアドバイスに従って、製造業など他の業界への転職を試みたが、どこもダメだった。自動車などの製造業は縮小する日本市場に見切りを付け、製造部門のほとんどが海外に拠点を移していた。そのため昔し多くあった期間工の募集は日本では全くなくなった。非正規でも働けないのである。
 

今、妻はようやくパート先が決まり働きに出ている。職種は高齢者の介護だ。
高齢者の中には外国人を怖がる人が一定数おり、若い外国人よりも妻のような日本人が好まれるそうだ。私は妻に食わせてもらっている立場となった。
 

(一刻も早く就職しなくては!)

気の焦りは私をハローワークに向かわせた。
 

ハローワーク。この9ヶ月間、私が意図的に避けていた場所だ。私はこれでも有名大学を卒業して大企業で働いてきた人間だ。一方、ハローワークに来るような人間はロクに勉強もせず大学も行かずに中小企業でノラリクラリ生きてきた奴らに違いない。ハローワークに行く事は、そんな人間たちと同じ土俵に立つような思いがして、私のプライドが許さなかった。

しかし、このままでは妻に食べさせてもらう事になる。それに妻のパート代なんて僅かなものである。プライドなどとは言っていられない状況であった。
 

「はい、次の方」
 

4時間並んで、やっと自分の番が来た。

受付の人間は私と年代が一緒で、想像よりも親切で話しやすかった。
 

「はい、なるほど、田中さんも大変な思いをされてきたんですね」

私がこれまでの経緯と、とにかく早く職につきたい事を話すと、受付の人間はそう返答した。
 

「あの、「田中さんも」とは、どういう意味ですか?」
 

「おっと、失礼しました。実はここ数年、田中さんのような経緯で家と職を失う人が増えているんですよ。昔、そう、10年くらい前までは田中さんのように有名大学を卒業して大企業に勤めた人がここへ来るなんて、無かったんですよ。でも最近はとても増えている。経緯を聞くと皆さんだいたい同じなんですよ。」
 

「はぁ、そうなんですね、、」
 

私だけがこんな思いをしている訳ではないと知れた事は良かったが、だからと言って何かが改善される訳ではない。
 

「はい、それで求人の方なんですが、田中さんの希望内容で企業に当たってみます。ただ、最近は若い外国人が多いし、30代、40代で職を失う人も増えているから、50代の田中さんの採用は結構きついと思います。正直気長に待つしかありません」
 

「分かりました。お願いします。でも、本当に早く職につかないとまずいんです」
 

「もし、お金に困っていらっしゃるようでしたら、朝7時にこちらの建物の前に来てみてください。私はあまりお勧めしませんが、業者が来て日雇い労働者を集めています。彼ら、とにかく頭数が欲しいみたいで、簡単に雇ってくれるみたいです。でも、中には派遣法に抵触するような業務もあるそうなので、私はお勧めしません」
 

「そんなものが有るんですね…」

「田中さん、気をしっかり持ってください。寒くなってきましたから、お体にも今日つけて…」

久しぶりに人と話して少し元気が出た。
 

ハローワークを出た頃には日が落ちていた。もう11月も中旬。肌寒い季節である。ふと交差点の脇を見ると、小さな立ち飲み屋があり、ハローワークにいた者たちだろうか、おでんや熱燗を頬張り、白い息を吐いていた。妙に魅力的な店に映った。

(美味しそうだな…飲み屋なんてもう何ヶ月も行っていない。久しぶりにちょっと行ってみるか。金は無いが、立ち飲みだし、値段はたかが知れているだろう)
 

私は交差点脇の立ち飲み屋に入った。
 
 

第九章 ギャング オブ フォー
 

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