経済小説:橋の下からこんにちわ 【第一章 我が世の春】

私は大手通信業グループのIT企業で働く田中だ。今年で41歳になる。課長代理だ。

ITに特別興味があった訳ではないが、将来性がある職種だと思い入社を決意した。
私の会社は主にソフトウェア開発の上流工程を担当しているのでプログラムを書く必要はない。それらは全て下請のエンジニア達の仕事だ。

私の仕事はエンジニアとして顧客とシステムの仕様を折衝することだ。だから顧客の業務については精通している。入社以来、ずっと今の顧客の担当をしているのだから当たり前だ。顧客側の担当者は友人として平日に飲みに行ったり、週末にはゴルフをする間柄だ。まさに戦友と言える。

最近はあっさり会社を辞めてしまう若手が増えてきたが、ゆとり教育の弊害か、ほんとに辛抱強さというものが無い。私は大変な時もたくさんあるが、今の担当を続けたいと思っている。月の残業時間は平均45時間程度だ。

2018年現在、世間は氷河期世代の救済だの、所得格差の拡大だのと騒いでいるが、私はそんなものと無縁の生活をしている。

私の年収は 750万円。日本の平均年収より遥かに多い給料を貰っている。有名大学を卒業して大手企業に就職したのだから当たり前の結果だろう。

女達は世に10%程度しか存在しない年収600万円以上の男を求めているそうだ。600万円でも有り難がられるのだから、750万円の私はさぞモテるに違いない。

しかし残念だが私は既婚者だ。10歳になる娘と5歳になる息子、そして嫁の4人、マイホームで幸せに暮らしている。

マイホームは息子が生まれた時に買った。郊外の新興住宅街で駅までは自転車かバスだが、駅まで行けば大きなスーパーや医療施設があり便利である。通勤は片道1時間程度。短くはないが関東では標準的な通勤時間だろう。満員電車も慣れれば大したことはない。スマホさえあればゲームで暇が潰せるのだから便利な世の中である。

最近はマイホームを買いたがらない奴らや、狭くても都心の近くに住みたがる奴がいるそうだが、私から見れば心の貧しい奴らである。第一、男のくせに甲斐性がない。多少自分を犠牲にしてでも子どもや妻に快適な生活をさせたいとは思えないのだろうか…

私の場合は多少無理をしてでも広めの立派な家を買いたかった。家を見ればそこに住む男の甲斐がわかると親父に教えられてきたし、実際に周りを見てもそうだと思う。

私のマイホームは3階建の110平米。もちろん駐車場と庭付きである。6,000万円の住宅ローンを組み、フラット35で返済予定だ。

住宅ローンは月の給料とボーナスで返済している。私の月の手取りは30万円。そこから毎月12万円ずつ返済し、あとはボーナスでの返済だ。家計については基本的に嫁に任せているので、あまり細かい事は知らない。

嫁は長女を妊娠したタイミングで専業主婦になった。家事や家計の管理をしっかりやってくれている。最近は夫婦共働きにこだわる男が増えてきているそうだが、本当に甲斐性がないと思う。俺の母親も専業主婦だが、親父はしっかりと俺や弟、母親を養ってきた。そういう男でありたい。

だから私の子どもにも同じ思いをさせてやりたいと思う。娘にはいろいろ習い事をさせている。中学からは私立に行かせる予定だ。少しでもよい環境に娘を置きたいと思っている。少なくとも私にはそれが出来る経済力があるのだから…。

 
 
第二章 歩みを止めた者
 

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