経済小説:橋の下からこんにちわ 【第二章 歩みを止めた者】

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45歳になった田中は会社の企画部で働いていた。
企画部といっても何か新しいものを企画する訳ではなく、事務や他の社員をサポートする内勤的な職務内容である。

2022年、グローバル化と移民政策を進める政府によって日本国内で生活する外国人の数が増えている。大手の日系企業でも積極的に外国人留学生の新卒採用や中途採用を進めている。変化する社会や会社の中で、田中はどんな気持ちで働いているのだろうか。
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45歳になった私は不本意ながら以前のような生活が出来なくなっている。一つ目の理由は残業代が減ったことだ。

44歳の時、新卒入社から20年近く過ごした担当から異動となった。会社から細かい経緯は聞いていないが、私の友人でもある顧客側の担当者が異動になったことがきっかけだろう。

どうやら顧客企業はオープンクラウドを本格的に導入することを決め、友人が働いていた顧客システム部のメンバーが若い年次の社員に刷新されたそうだ。それに伴い友人も異動となった。

正直、クラウドなんて、まだまだ新興企業や一部の新しいもの好きな企業が導入している程度だと思っていた。顧客は半官半民の歴史ある企業であり、クラウドなどという掴み所の無い技術の、しかも外資系のサービスの採用などあり得ないと思っていた。

しかもクラウドにもいろんなのがあるらしい。PaaS? IaaS? SalesForce? 今まで興味がなかった分野だけに訳がわからない。わざわざ細かい分類を作っているんじゃ無いのか? しかもどんどん新しいものが出てくる。昨年、顧客に頼まれて Dockerというクジラのマークのやつに関する資料を若手に作らせたと思ったら、次はクーバ何とかっていうソフトが流行っているらしい。若手によるとDockerは何年も前から存在する当たり前の技術らしいが、、よく分からんな。楽をするために逆に複雑になっている気がする。

私が入社した頃はもっと分かり易かったし、変化もゆっくりだった。

そんな実績が十分に積み上がっているか分からないソフトに頼るのではなく、システム設計にこだわるべきなのでは無いか?

あと、私が担当している上流工程でも最近、サービスデザインチームと名乗る連中が幅を利かせてきた。カスタマーインサイト? なんだそれ? 顧客のことなら私が一番よく分かっているぞ。なんたって10年以上一緒に仕事をしている友人なのだから。

頭にきたのは私が設計した顧客システムの操作画面を若手に「ダサい」と言われたことだ。「昭和のシステムですか?」だと!? 私の作った画面のどこが悪いんだ。システム更改なんだから出来る事を変える必要は無いんだぞ。それに第一、バックオフィスで使うシステムの画面がなんでオシャレじゃ無いといけないんだよ。操作性だのUIだのUX? だの文句を言う奴らは、仕事を鍛錬する気持ちが足らないんだ。
 

ともかく私も異動になった。新しい部署はこれまでと同じ事業部内の企画部だ。仕事内容は事務作業をやっている派遣社員の監督と、社内ネットワークや備品の管理だ。システム開発による繁忙期や夜勤などがなくなった結果、残業時間は月平均45時間から10時間程度に減った。これで手取りが5万円程度減ったのだ。ボーナスについてもボーナスの査定が一定になった分、今までよりも少し減っている。

妻からは週末のゴルフを控えてくれと言われた。なに、そのくらい我慢しようじゃ無いか。その分家族と一緒に過ごせる時間が増えて幸せである。それに、友人も同じような状況のようだ。金のかからない釣りに切り替えようかと、酒の席で話したところだ。

ただ、娘には申し訳ないことをした。私立中学には行かせてやれているが、習い事は控えめにせざるおえないそうだ。小学校まで続けていたバレエを中学入学と同時に辞めさせてしまった。

あと、私は出世競争から外れてしまったらしい。この会社は45歳までに管理職に雇用されなければ、管理職になるチャンスは無い。今、私は44歳。間も無く45歳になる。おそらく声はかからないだろう…
 

不本意ながら以前のような生活が出来なくなった二つ目の理由は、医療保険の高額化である。

政府は2020年ごろに日米貿易協定を結んだ。当初は農作物などに限定されていたが、2021年の改正で医薬品も対象に含まれるようになった。それによって海外の薬品メーカーが相次いで参入し、政府が薬の値段を決めることが出来なくなった。それによって、安く抑えられていた薬の値段が高騰。薬品代は健康保険の対象外となり、100%自己負担となった。今ではタミフルが5万円もする。一家全員がインフルエンザにかかれば薬代だけで20万円だ。

そこで、新型の医療保険が登場した。薬代まで面倒を見てくれる保険だ。この保険に加入していれば従来通り3割負担で購入出来る。しかしこの保険料が高額だ。私の家族はプルデンシャル生命の月額4万円のプランに加入している。もちろん私の手取りから支払われる。

生きづらい世の中になったものだ…
 

しかし最近は社内に外国人が増えてきたなぁ。
エンさんだのパクさんだの、覚えなきゃいけないこっちの身にもなってくれよ。笑

しかも同じ新人でも外向人留学生あがりの社員は生意気な奴が多い。
この前なんて開発担当になったシュウって中国人が「パソコンを替えてくれ」と言ってきやがった。本人曰く、性能が低くて開発に使えないとのことだ。

全く贅沢な奴だ。新人のくせに。

パソコンは先日定年退職された企画部の先輩が使っていたもので、東芝製だし、メモリーは8GBも積んでいる。ハードディスクだって1TBもあるんだ。エクセルやパワーポイントだってちゃんと動くんだから、プログラムをポチポチ書く程度なら問題ないはずだ。

アンドロイドスタジオとか言うソフトの推奨メモリが16GBだとか言っていたが、そんなもの使わなければ良いだけだ。プログラミングに使えるエディターたんて他にもある。新人なんだから直ぐに便利な物を頼ろうとするのではなく、多少の苦労をして仕事を覚えるべきだ!

まったく。
 
 

第三章 男の甲斐性
 

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